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京都地方裁判所 昭和50年(行ウ)10号 判決 1977年11月25日

原告 小谷こと 櫟原秀樹

被告 国

訴訟代理人 曽我謙慎 新見忠彦 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和五〇年八月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決益びに仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四九年七月四日神戸地方裁判所尼崎支部において言渡された詐欺・脅迫・恐喝未遂罪により懲役一年六月に処する旨の確定判決に基づき、同五〇年三月一八日以降京都拘置所において服役中であり、かつ当庁第三刑事部で審理中の恐喝・公職選挙法違反・恐喝未遂被告事件(以下別件刑事被告事件という)の被告人でもあるが、原告が昭和五〇年七月二三日懲役受刑者として科せられた自房(独房)内で洗濯バサミの組立てをする作業(以下本件刑務作業という)を午前一〇時三〇分頃から同一一時三〇分まで及び午後一時から同二時頃までの間行なわなかつたところ、京都拘置所長(以下単に拘置所長という)は原告に対し、同人が右時間作業を行なわず、その間文書(以下本件文書という)を作成していたこと(以下本件紀律違反という)を理由に、同年八月四日に同日から同月二三日までの二〇日間の軽屏禁、文書図書閲読禁止の懲罰処分(以下本件懲罰処分という)を科し、その執行を了した。

2  しかしながら、軽屏禁は終日謹慎の意を表するため一定の方向に向かされ戸外運動も許されず、受刑者の健康に著しい打撃を与える種類の懲罰である。以下にみるような軽微な本件紀律違反に対する懲罰としては叱責が相当であり、前記の重い本件懲罰処分を科すことは、以下の諸点を総合すれば拘置所長に委ねられた懲罰についての裁量権の明らかな濫用であり、その範囲を逸脱することが明らかであるから、本件懲罰処分は違法な処分というべきである。

(一) 本件紀律違反の動機ないし態様

原告は、以前に別件刑事被告事件の公判準備のための電報及び手紙の発信を拘置所長により拒否されたことに対して京都地方法務局人権擁護課に人権侵害準案として申立てをなしていたところ、その申立てを補充するために本件紀律違反の対象となつた本件文書の作成(以下本件認書行為という)をなしていたものであり、しかも、原告はその独自の判断により右認書行為が刑事被告人としての防禦権の範囲内の行為として許されると信じていたためになしたもので、反抗の動機に出たものではない。また、原告は前記誤信に基づき、本件認書行為を始めたが、これに対し、これを発見した看守が、かえつて就業時間中の認書行為の許可を求める「作業休息願」の願箋まで持参交付してその提出方を促したために、原告は午前一一時三〇分頃に右願箋を提出し、当然その許可があるものと期待し、そのまま認書行為を続行してしまつたものである。

(二) 本件紀律違反の影響度

本件紀律違反の対象となる行為は独房内でなされたものであり、他の在監者への影響は皆無であつた。

(三) 拘置所職員の対応措置の不十分性

原告の本件認書行為に対して拘置所職員はただ口頭により制止したにとどまり、本件文書の即時取上げ等の直接的な措置をとつたり、または、確定的な認書行為中止を命じることもなく、前記(一)のように願箋用紙を交付し、「作業休息願」の提出方を指示しており、このような拘置所職員の態度が、客観的にみて当然の事理として、原告をして前記(一)にみる期待感を抱かせて、本件認書行為を続行させる原因となつたものである。

(四) 本件懲罰処分の意図の不当性

京都拘置所においては、平素から寝具、食事等の衛生管理に対する配慮が不十分で、在監者に対する人権感覚に欠けるところがあつたうえ、原告が法務局人権擁護課に度々救済を求めたことに対し拘置所職員は嫌悪感を抱いていた。本件紀律違反は既述のとおり軽度のものであるのに、これに対し軽屏禁及び文書図書閲読禁止二〇日間という重罰を科したのは、右の嫌悪感に基づく報復的なものであり、又、他の在監者への見せしめ的な意図によるものである。

(五) 本件懲罰処分の不当性

受刑者は、収監されることにより大巾な人権の制限を受けており、これに対する懲罰権の行使は、秩序維持のため必要な最少限度に止めるべきであり、かつ、紀律違反行為と懲罰の内容とが合理的均衡のとれたものでなければならない。原告は、以前に一度も懲罰を受けたこともなく、その知能及び性格について特に問題はなく、本件紀律違反なるものも、その動機、態様、影響等は前記のとおりであり、原告の誤信に基づくものであり、かつ、拘置所職員の対応もその一因となつているものであつて、その行為も一回に止まつていたのであるから、原告に対する対応措置としては余罪受刑者として別件刑事被告事件についての防禦権の行使方法、その範囲を教示してその過誤を正すことで十分であり、軽屏禁という重い懲罰は本来不要である。本件懲罰処分は、その紀律違反の程度と懲罰の内容とが著しく均衡を失するものであり、拘置所長の前記不当な意図に基づくものと言わざるをえないところであつて、その懲罰権の濫用であることが明らかなものというべきである。

3  原告は、拘置所長が国の公務員として、その故意又は過失に基づき、公権力の行使としてなした違法を本件懲罰処分により、その心身両面にわたつて、苦痛を受けたものであり、右苦痛に対する慰藉料としては金二〇万円が相当である。

4  よつて国家賠償法一条に基づき、原告は被缶に対し慰藉料金二〇万円及びこれに対する本件不法行為の日以降の日である昭和五〇年八月二四日から支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項前文部分中、軽屏禁が終日謹慎の意を表すため一定の方向を向かされることは認めるがその余はすべて否認する。

同(一)については、原告がその主張の申立をしたこと及び看守が原告に「作業休息願」なる願箋を交付してその提出方を勧めたため原告が右願筆を提出したことは認め、本件文書の内容は不知で、その余は否認する。

同(二)については、当該行為が独房内でなされた点は認めるが、その余は否認する。

同(三)については、拘置所職員が本件認書行為を口頭により制止したこと及び本件文書の即時取上げ等の直接的措置を採らなかつたことは認めるが、その余は否認する。

同(四)については、原告の本件紀律違反に対し軽屏禁及び文書図書閲読禁止二〇日間という懲罰が科せられたこと及び原告が度々法務局人権擁護課に救済申立をしていたことは認めるが、その余は否認する。

同(五)については、原告が本件紀律違反以前に一度も懲罰を受けたことがなかつたこと及びその知能及び性格に特に問題がなかつたことは認めるがその余は否認する。

3  同3、4項はいずれも否認する。

三  被告の反論

1  本件懲罰処分における裁量の妥当性

本件懲罰処分は監獄法・同施行規則の所定の手続を履践して適法になされており、以下にみるように未決拘禁施設でありかつ行刑施設である拘置所において、その設置目的に沿つた秩序維持のために必要かつ相当の限度でなされたものであるから、拘置所長に委ねられている懲罰についての裁量権の濫用ひいてはその範囲の逸脱のいずれもない。

(一) 懲罰についての裁量権行使の基本原則

行刑施設における懲罰はその紀律維持のために科されるが、右紀律には(イ)身体的拘束確保のためのもの、(ロ)社会との隔離確保のためのもの、(ハ)集団生活の平穏維持のためのもの、(ニ)矯正教化のためのものの四つの種類があり、以上の紀律に違反した場合に科せられる懲罰について、その種類・内容の選択適用及び量定については、(イ)当該紀律違反の内容・規模・危険性及び影響力、(ロ)公権力の行使又は処遇に対する阻害度、(ハ)施置の立地条件・構造及び当該施設固有の運営目的、(ニ)紀律違反者の知能・性格改悛の有無及び程度、(ホ)情状、(ヘ)その他の施設内の衆情等の事項が参酌されるべきであり、懲罰の決定が施設の長の裁量に委ねられているのも、右の技術的・経験的・専門的事項を参酌する必要があることによるのである。

(二) 右基本原則の本件における適用

(1) 原告の身分と本件紀律違反の態様

原告は懲役刑の余罪受刑者として未決拘禁の目的を確保されるが、基本的には受刑者としての処遇を受け、懲罰についても受刑者としての取扱いを受けるところ、このような身分の原告の本件紀律違反の態様をみると以下のとおりである。

すなわち、原告は、昭和五〇年七月二三日午前一〇時三〇分頃より認書行為を始め怠役状態に入り、同日午前一〇時五五分頃これを見つけた舎房担当看守より就業を命じられたのに対し、「自分は書くことができるはずだ」などと抗弁しなお認書を継続していたため、同日午前一一時一〇分頃、第一処遇係主任看守部長より「余罪受刑者であるから作業する義務がある。書類かくのなら作業終了後せよ。」と指示して就業を命じられたが、「書類作成の権利がある。」「作業せえなんてどこに書いてあるねえ。」などと声高に抗弁し、更に、願箋提出後の同日午後一時五五分頃に至つても依然就業していなかつたため、舎房担当看守及び第一処遇係長が更に就業を命じたが、これに従わず防禦権の行使のためと称して結局同日午前一〇時三〇分頃から同一一時三〇分まで及び午後一時から同二時までの間怠役したものである。

(2) 本件紀律違反の重大性と影響

本件紀律違反は前紀1項の(一)でみる分類によれば拘置所内の集団生活の平穏維持を目的とする紀律のみならず、矯正教化を目的とする紀律にも違反するとともに、懲役受刑者に定役として課せられた(刑法一二条二項参照)作業に就くことを拒否したもので、これは懲役刑に服すること自体を拒否する面を併有しており、重大な紀律違反というべきである。

そしてその影響についてみると、一般に拘置所においてはその収容者の、性質・収容者と職員の数の割合、拘禁の目的などからみて、その内部における紀律維持が特段に要請されるものであるところ、京都拘置所における収容状況が常時二〇〇名内外の未決拘禁者及び一〇〇名内外の受刑者からなつていること及び受刑者の軽挙しやすい心理特性と前記のごとく本件紀律違反が声高の反抗を伴つたことからみても、他の収容者への伝播又は不測の事態への波及の恐れが多分に考えられ、他方関係職員との信頼関係を破壊したもので、その影響は拘置所の特質からみれば、公権力の行使又は処遇に対する阻害の程度も重大であるというべきである。

(3) 本件懲罰処分における量定

(イ) 行刑職員の意見

拘置所長は、昭和五〇年八月一日の懲罰審査会の開催に先立ち、係担当看守・係看守部長(二名)・係長・警備隊長・保安課長・指導課長・分類課長の八名の職員に本件紀律違反に対する懲罰についての意見を求め、右懲罰審査会においては、原告の弁明の聴取・審査を経て全員一致で軽屏禁二〇日間、文書図書閲読禁止併科の処分に付する旨の意見がなされ、同年八月四日の刑務官会議(その出席者は拘置所長ほか九名)においても右と同意見であり、結局これらの多数の行刑の専門職員の意見を参酌したうえで、京都拘置所長が本件懲罰処分を決定したものである。

(ロ) 科罰例

京都拘置所及び全国の行刑施設における怠役に対する懲罰の種類及びその内訳は別表一、二にみるようなものである。未決拘禁施設である京都拘置所においては、受刑者の収容率は低いものの、怠役は懲役受刑者の義務である就業を拒否する重大な紀律違反であることから、それに対する処分としては軽屏禁罰が科され、別表一の(1)の事犯は怠役の理由が肩痛による作業困難であり、日頃の行状も良好で事犯後の改俊の情も顕著であり、同表(2)の事犯は事犯後自己の非を認めて就業しており、改悛の情も顕著であつたことが参酌されている。本件紀律違反の態様が前記(二)の(1)のごときものである以上、右各懲罰事犯と比較しても、本件懲罰処分が不当に重いものとはいえず、かつ、別表二に示すように全国の行刑施設においても怠役事犯に対する懲罰としては軽屏禁が大多数である。

以上の諸点と本件紀律違反後も原告に反省の態度が乏しい点を総合すれば、本件懲罰処分に裁量権の濫用ないしその範囲の逸脱はない。なお、文書図書閲読禁止併科は軽屏禁を効果的ならしめることを期待して経験則上なされるのが通例である。

2  原告の願箋提出状況と余罪受刑者としての防禦権の行使

余罪受刑者は被告事件の防禦権行使のため、作業終了後の約六時間の自由時間とその延長(延灯と呼ばれるもの)では間に合わない程の緊急性と必要性があるときは就業時間中も右防禦権の行使が必要な行為を許可しうるところ、本件では右の緊急性と必要性が認められず、しかも、原告は、京都拘置所に入所以来、本件の発生した昭和五〇年七月二三日までに六四件に及ぶ願箋を提出しており(<証拠省略>参照)、その数も他の収容者に比し多く、拘置所における願出は願箋によりその旨の承認を受けて行なうことは熟知していたもので、本件後認書の対象となつた本件文書を破棄していることからみても、本件文書が原告の別件刑事被告事件の防禦権行使のためのものとは認められない。

3  懲罰処分と損害賠償請求の可否

懲罰処分は本来紀律違反者に対する制裁として科される行政上の不利益処分であるから、それ自体ある程度の自由制限とそれに伴なう肉体的・精神的苦痛を受けることは当然予想されており、損害賠償の対象とはならない。

京都拘置所においては特に受刑者の保健衛生面を考慮して、軽屏禁においては原則として運動入浴が禁止されているに拘らず、一〇日毎に一回三〇分間の運動をさせ、入浴については初め二回はこれに代る拭身のための給湯をなし、三回目の入浴日には入浴をさせており、本件原告についても同様の措置がとられ、また、原告の場合、医師の診察と体重測定によつても、懲罰執行の前後を通じて体重の増減がなく健康に異常もなかつた。

四  被告の反論に対する原告の主張

被告の反論1項のうち、本件懲罰処分が適法な手続のもとになされたことは争わないが、その余の反論はすべて争う。

本件懲罰処分が行刑職員の多数意見に基づくものとしても、それは監獄法の懲罰について右多数意見者に誤解があるからであり、また、従来の科罰例が被告主張のとおりであるとすれば、監獄におけるあるべき人権感覚に照らし右科罰例はその目的の範囲を逸脱したものであるから、いずれも本件懲罰処分を正当化しえない。

第三証拠 <省略>

理由

一  原告の法的地位と本件懲罰処分の存在

請求原因1項の事実については当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告はいわゆる懲役刑の余罪受刑者に当るというべきであり、また、本件懲罰処分の手続的適法性についても当事者間に争いがない。

二  懲罰処分と損害賠償請求の可否

被告は懲罰処分が損害賠償の対象とならない旨主張するが、拘置所長に委ねられている懲罰についての裁量権の逸脱ないし濫用がある場合においては、当該懲罰処分は違法な懲罰権の行使として損害賠償の対象となりうるというべきである。

三  本件懲罰処分の違法性の有無

およそ監獄における懲罰処分についての裁量権の逸脱ないし濫用の有無を判断するにあたつては、拘禁の目的、当該紀律違反の態様、それに至る経緯、懲罰の種類及びその内容等の諸事情を総合的に勘案する必要がある。

そこで以下右の諸点についての当事者の主張について順次判断する。

(一)  本件紀律違反の怠役該当性

原告が昭和五〇年七月二三日午前一〇時三〇分頃から同一一時三〇分まで及び同日午後一時から同二時頃までの間本件刑務作業を行なわなかつたこと(以下本件作業不就業という)は当事者間に争いがない。

ところで監獄法五九条が懲罰処分の要件として定める紀律違反にいう紀律とは、在監者が遵守しなければならない監獄内の規則ないし生活規範をいい、その内には当該監獄職員による職務上の指示も含まれるところ、原告の本件作業不就業は、懲役刑に服する者として最も基本的な刑法及び監獄法に定める懲役刑の本体的内容である刑務作業をしない面において、特段の事由のない限りいわゆる怠役なる紀律違反に当るというべきである。

しかし、原告は余罪受刑者であり、およそ余罪受刑者は、被疑者又は被告人の身分を併有するために、その処遇にあたつては、被疑者又は被告人として逃亡及び罪証の隠滅を防止するという未決拘禁の目的を確保しつつ、受刑者としての刑の執行の確保をはかる必要があることはいうまでもないが、反面、被疑者又は被告人としての防禦権の行使を保障する必要があるわけであるから、本件認書行為が余罪受刑者の防禦権の行使であつて、就業時間中にもその緊急性のため許容される場合(監獄法施行規則一三二条参照)に当るならば、結局紀律違反とならないこともありうるというべきである。

<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五〇年四月一八日、同年五月一四日の特別発信を拘置所長に拒否されたとして、同年六月五日に京都地方法務局人権擁護課あての申立ての特別発信を願い出て翌六日に発送されていること、本件認書行為のための「作業休息願」<証拠省略>の願出要旨に原告が記載しているのは、矯正局長・行政管理庁長官・人権擁護局長・原告代理人・衆議院法務委員会・参議院二院クラブ宛に拘置所の不法行為を提訴し、余罪についての防禦準備行為阻害等の窮状について訴える旨の趣旨であるが、右願箋についての取調の際は主に拘置所内の不満を述べているにすぎないこと、原告は本件文書を右取調後破棄していることが認められ、右事実よりするならば、本件認書行為が別件刑事被告事件についての防禦権行使のためになされたものとは認められず、原告本人尋問の結果中、右認定に抵触する部分は採用しえない。

従つて緊急性の有無につき考えるまでもなく、本件作業不就業は防禦権の行使を理由とするものとはいえないし、仮に、防禦権行使について原告主張のような誤信があるとしても、それは作業不就業の怠役該当性を阻却する事由には当らず、せいぜい情状問題になるに過ぎないというべきであるから、結局本件作業不就業は怠役という紀律違反にあたるというべきである。

(二)  本件紀律違反の経過と態様

前記(一)における争いない事実に、<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。

原告は昭和五〇年三月二七日より同年七月二三日までの間に約六〇回に及び人権擁護当局等に対する訴え等の発信を願箋により願い出てなしているなど、頻繁に外部との発信接見を求めていたが、これらの願筆による願出の許否に関し、京都拘置所では余罪受刑者の防禦権行使手続が予め願箋等で防禦権の行使に当るか否かを事前に審査する建前になつているのに対し、原告はこれを防禦権を故なく侵害する不当なものとかねてから不満を抱いていた。そして昭和五〇年五月二〇日の弁護士宛特別発信願に関する副看守長の事情聴取においても、原告は防禦権とは当該余罪についての刑事被告事件の防禦に関するものに限られ、しかも、その防禦権行使についても前記手続が存することの説明を受けながら、余罪受刑者の発信・接見については制約を受刑者以上に大巾に緩和した処遇をなすべき旨の考え方を固執し、その旨反論する等したことがあつたうえ、さらに、その後も、本来、防禦権行使である限り、作業中でも相当程度自由に認書行為ができる筈との考え方を変えずして、前記手続に不満ながらも従つてきたところ、同年七月二二日山本看守部長より叱責を受け、言葉のやりとりがあり屈辱感を抱くことがきつかけとなり、右のうつ積した不満を押えかねるに至り、翌七月二三日本件紀律違反の怠役行為をなすに至つた。そして同日は午前一〇時三〇分頃より刑務作業をやめ、本件認暫行為を始め、午前一〇時五五分頃、右の不就業を発見して就業を促した入交看守に対し「警備隊長に会わせて欲しい。自分は書くことができるはずだ。」などと言つて右指示に従わず、認書行為を継続し、ついで、同午前一一時一〇分頃巡回中に原告の不就業を発見した山本看守部長より「余罪受刑者であるから作業する業務がある。書類を作るのなら作業が終つてからにすべきである。」などと説示のうえ就業を命じられたが、これに対しても「私には防禦権があるのや。作業せいなんてどこに書いてあるのや。」などと声高に申し向けて本件認書行為を継続し、さらに同午前一一時三〇分頃就業時間中の認書許可を求めて願箋を提出するように促されたため、前記の記載をなした「作業休息願」なる願箋を提出したが、なおも認書行為を続け、同午後一時五五分頃、前記入交看守から「許可が出るまでは作業をしなさい。」と注意され、これに対し「あれだけぼんぼん言われると頭にきます。主任さんみたいに穏やかに言われるとわかります。」と応答しつつ、結局同午後二時五分頃保安課長より紀律違反の疑いで取調べに付する旨の告知を受け房より連れ出されるまで、その間昼食時の午前一一時三〇分から午後一時までの時間を除いた就業時間中作業不就業の状態にあつた。

以上のとおり認められ、右に反し、「作業休息願」を出せば許可されるからこれを出して認書行為をせよとの指示があつた旨の原告の供述部分は合理性に欠け、又<証拠省略>と弁論の全趣旨に照らして信用しがたく他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実関係よりすれば、原告の本件認香行為は原告主張のような単純な誤解と間もない認書許可に対する期待に基づきなされたものとは認めがたく、むしろ、拘置所では容れられないものであることを自らも自覚していた自己独特の余罪受刑者の処遇に関する前記考え方と、前日来の感情的反撥に基づいてなされた疑いがもたれる。

そして懲罰の要件である紀律違反の紀律の意義が前記(一)のとおりである以上、本件怠役は他面において職員の就業命令に違反しつつなされたものとしていわゆる「抗命」の要素をも含むものといえないことはない。

(三)  本件紀律違反の影響

<証拠省略>によれば、原告は本件紀律違反当時三四号の独房に在監中であり隣接の三三号は空房であつたことが認められるが、<証拠省略>によれば監獄ではその特殊性より被告主張(事実摘示三、1、(二)、(2)参照)の不測の事態への波及を常に考慮に入れておく必要のあることが認められる点に照らせば、右事実と原告本入尋問の結果によるも、原告主張の他の在監者への無影響を推認しえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(四)  拘置所側の措置の当否

原告主張のように拘置所側が本件紀律違反に対し直接措置をとらなかつたことは前記(三)における<証拠省略>により明らかであるが、他方<証拠省略>によれば、このような措置は本件紀律違反を軽視し、若くは黙認する趣旨で採られたものではなく、原告との無用な摩擦とこれによる他の在監者への悪影響を勘案してなされたことが推認される。そして右拘置所側の態度が原告の期待感を助長した旨の原告の主張は、本件紀律違反が前記(二)のとおり右のような期待感に基づくものと認めがたい点よりして理由がない。

(五)  本件懲罰処分の意図

前掲(三)におけろ<証拠省略>によれば、原告が本件以前に一度も懲罰処分を受けたことがなく、知能につき特に問題がなかつたこと、原告は、日頃から拘置所内の衛生状態等について拘置所側に指摘、改善を度々求めていたことが認められるが、前記(一)で認定したように原告が五月二〇日の事情聴取手続により、防禦権の範囲とその行使手続の説明を受けながらこれに従わず、その手続についての誤信以外の動機により本件紀律違反に及んだ疑いがあることに照らすと、本件紀律違反時にその防禦権の範囲の教示がなされていても、それが効果的であつたかは極めて疑わしい。もつとも右認定の原告の頻繁な願箋提出、衛生状況の改善要求等よりすれば、拘置所側が原告を快く思わず、むしろうるさい存在として理解していたであろうことは推認できなくはないが、だからといつて本件懲罰処分が原告に対する報復若くは他の受刑者への見せしめ的意図に基づくことを推認するに足りる証拠は未だ十分とはいえない。

(六)  本件懲罰処分の裁量権の濫用もしくは逸脱の有無

(1)  懲役受刑者(余罪受刑者であるか否かを問わず)に対する監獄における拘禁の目的からすれば、受刑者に対する紀律は、被告が主張するように、(イ)身体的拘東の確保、(ロ)社会との隔離確保、(ハ)集団生活の秩序、平穏の維持、(ニ)矯正教化等の観点から既に法規により定められ、さらに個別的には拘禁を目的とする営造物である監獄内での命令として設定されるべきもので、右紀律違反がある場合に、それに対する懲罰について監獄の長に委ねられる裁量の範囲と質、従つてその逸脱又は濫用は、右紀律の目的とするところが懲役行刑という特殊の専門的・技術的・経験的事項である点に照らし、右同様の専門的・技術的・経験的観点から決定されるべきものであるが、これを本件においてみると以下のとおりである。

(2)  まず、本件懲罰処分の裁量過程において監獄法施行規則所定の手続が履践されていることは前記一においてみるように当事者間に争いがなく、<証拠省略>に弁論の全趣旨によれば、全国行刑施設(刑務所・拘置所七四施設)及び京都拘置所における怠役事犯(男子)に対する懲罰の種類及びその人員がそれぞれ別表一、二のとおりであり、京都拘置所においては昭和四九年ないし昭和五一年度中の怠役事犯に対してはいずれも軽屏禁が科されており、叱責が科されたことはないこと、全国行刑施設における怠役事犯に対する懲罰は軽屏禁が昭和四八年度、同五〇年度とも全体の七割五分をこえており、叱責はいずれも一割にも満たないこと、叱責は懲罰中最も軽いものであるから軽微な初回の紀律違反者で感受性が強い個別的必要性の認められるものに科せられるべきものであること、本件懲罰処分における裁量権の行使は被告主張(三1(二)(3)(イ)参照)の内部会合と行刑職員の全員一致の専門意見を参酌してなされたこと、右裁量権の行使にあたつては前記(二)の本件紀律違反の経過と態様のうち、懲役受刑者たる原告に対してはその本質にかかる怠役の面が第一に、ついで大声を伴う再三の抗弁である面が第二に重視され、あわせて本件紀律違反の周囲への影響に対する危惧と爾後の原告の反省の程度がその他の諸般の事情と共に勘案されたことが認められる。

ところで、前記懲罰例がすべて懲罰目的に反する旨の原告の主張は、これを認めるに足りる証拠もなく、また経験則に照らしても極端に過ぎ採用しがたい。

(3)  ところで、軽屏禁の内容についてみるに、<証拠省略>によれば、全国的にも京都拘置所においても昭和四九年ないし昭和五一年の間においても軽屏禁が科せられた例はなく、軽屏禁が事実上最も重い懲罰となつていたところ、京都拘置所における軽屏禁の内容は、罰室独房で解居させ、終日謹慎の意を表すため一定の方向を向かされ、原則として運動入浴は禁止されるが、一〇日毎に一回三〇分間の運動が許され、入浴については定期入浴日の当初の二回の入浴は許されず、代替措置として拭身のための給湯と三回目の入浴が許され、執行の前後途中にも随時医師が診察を行なうものであることが認められる。

(4)  本項(1)の判旨及び本項(2)記載の事実関係及び前記(一)、(二)項記載の本件紀律違反の態様と前記(三)ないし(五)に認定説示の諸点を総合すれば、軽屏禁の内容が前項判旨のようなものであり、他方軽屏禁を科せられた原告が本件以前に懲罰処分を受けたことがなく、本件紀律違反が一度限りのものであり、しかも平素拘置所側より好印象をもたれていなかつたことが前示のとおりであつた等の事情を考慮しても、他に特段の事情も認められない本件においては、本件紀律違反に対し、二〇日間の軽屏禁と右軽屏禁の趣旨を没却きせない必要から右期間中文書・図書の閲読を禁止する懲罰を併科した本件懲罰処分は、未だなお拘置所長の裁量権の範囲を逸脱しその濫用に当るものというに足りない。

四  結論

以上の次第で、拘置所長のなした本件懲罰処分は違法とはいいがたく、右懲罰処分が違法であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の双方の主張について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 杉本昭一 岡原剛)

別表一

京都拘置所における怠役事犯に対する懲罰の種類

年度

人員

科罰

昭和49年

1名

軽屏禁10日

昭和50年

3名

(1)

軽屏禁15日、文書図画閲読禁止15日併科

(2)

軽屏禁20日、文書図画閲読禁止25日及び

作業賞与金削減500円併科

(3)

軽屏禁20日、文書図画閲読禁止20日併科

昭和51年

該当例なし

別表二

全国行刑施設における怠役事犯(男子分)に対する懲罰の種類

区分

昭和48年

昭和50年

科罰人員(人)

割合(%)

科罰人員(人)

割合(%)

総人員

3,057

100

2,212

100

軽屏禁

2,347

76.7

1,956

88.4

減食

45

1.5

11

0.5

作業賞与金減削

378

12.4

108

4.9

文書図画閲読禁止

23

0.8

6

0.3

叱責

264

8.6

131

5.9

備考

乙13号証参照

乙15号証参照

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